少し前に、友人が一つのリール動画を送ってきました。2026年の“重大ニュース”を冗談交じりにまとめたもので、代理戦争や地政学的緊張に加えて、「赤ちゃんが爆発する?!」といった荒唐無稽なニュースまで並んでいました。(もちろん作り話です。)けれど、その根拠のない誇張表現は、どこか今の時代の空気を映しているようにも感じました。
混乱、不確実性、そして以前よりも楽観が少ない時代。とりわけ、戦後の経済成長の恩恵を十分に受けていない世代にとってはなおさらです。
そうした時代の雰囲気の中で(あえて「時代精神」と呼ぶならば)、メンタルヘルスに関する言葉も世界中のメディアで頻繁に目にするようになりました。日本での「自律神経の乱れ」、中国圏での「躺平(タンピン)」、そして世界的に広がる「不安」という感覚。不安は、間違いなく大きなテーマであり、そしてグローバルなものです。
Mental Health Foundation は、その背景として、生活費の高騰、不安定な社会状況、社会的プレッシャー、孤立などの社会経済的要因を挙げています。残念ながら、環境を変えるなど自分で選択できる要因も一部ありますが、多くは自分のコントロールの外にあります。
では、そのような引き金に直面したとき、無力感に陥らずにどう向き合えばよいのでしょうか。慢性的に不安を感じやすい私は、ある方法を学びました。まず、不安やそれに伴う身体反応を否定せず、そのまま受け入れること。
けれど、ただ受け身になるのではなく、それらを自分とは別の存在として扱うのです。まるで空中に浮かぶ泡のように。感情を観察し、それがどこから来たのかを見つめ、
それを自分のものとして受け取るかどうかを決める。
この方法は、ロバート・ライトの『Why Buddhism is True』から学びました。もちろん、無麻酔手術に耐えられるほど悟ったわけではありません。けれど、この「観察し、選ぶ」というプロセスを取り入れることで、どの感情を引き受け、どの感情を手放すのかについて、少しずつ主体性を取り戻していると感じています。不安の波は今でも時折やってきます。
ただ、それに飲み込まれることは少なくなりました。ちなみに、この本は仏教というよりも瞑想についての内容が中心で、特定の宗教を持つ人だけのものではありません。本についてはまた別の機会に書こうと思います。けれど、次に心がざわついたとき、今日話した方法を一度試してみてもいいかもしれません。自分の心の城を守る番人は、自分自身です。